リンゲルの注射は、奥畑が電話口に出て斎藤医師にうるさくせがんだので、では兎も角もやって見ましょうと云うことになったが、やがて駈け付けたのはいつもの若先生ではなく、老先生の方で、来は来たものの、診察して見てちょっと考え、まだリンゲルをするには及びませんと云って、折角看護婦が用意しかけたのを中止させ、さっさと注射器を鞄に収めて帰ってしまった。
雪子はそんな有様を見るにつけても、いよいよ医者を取り変える必要を感じ、病人が少し落ち着いた折を待って、どうしても櫛田先生に来て貰うのがよいと思うが、と云う話を持ち出して、もう一度よく聞いて見ると、矢張推量した通りで、理由は云わないのだけれども、此処の家にいつ迄も臥ていたくない、病院でも甲麓荘の部屋でもよいから、別な所へ移して欲しい、その上でなら櫛田先生に診て貰うが、此処へ来られるのが嫌なのである、―――と、奥畑が枕元にじっと息を詰めているので、それに気がねしつつ云うのであるが、結局のところはそう云うことらしいのであった。
奥畑は病人の言葉にひどくイライラして、こいさん、そない云わんと僕所にいなさい、何もそんなに気イ使うことないやないか、と、頻りに思い直させようとするのであったが、病人はそれが全く聞えないような顔をして、雪子にばかり物を云うので、とうとう奥畑は青筋を立て、何でこいさん僕所が嫌になったん、と、ちょっと声の調子を上げた。