幸子は、近親者が入院する時の、あの何とも云えない厭な感じ、………もうこれっきり帰って来ないのではないかと云うような不吉な予感がする気持を前に経験したことがあるので、今日もその気持に襲われるのを恐れていたのであったが、国道筋へ出てみると沿道の春光は僅か一日の差で昨日よりも一段と濃く、六甲の山々にはひとしお深い霞が罩め、ところどころの家々に白木蓮や連翹の花が咲いていたりして、平生ならばいかにも心が浮き立つような景色でありながら、矢張何となく重い気分に惹き込まれるのを防ぎようがなかった。
それと云うのが、昨日と今日とでは病人の様子がひどく変っていることを発見したからで、ありていに云うと、昨日までは斎藤医師にあんな風なことを云われても、話半分に聞いて、まさか最悪の場合なんてことがある訳はない、あれは医者の嚇かしに過ぎないと、高をくくってもいられたのであったが、今朝の工合では、これはひょっとすると………と、云う風に思えて来たのであった。
幸子が第一に気が付いたことは、昨日と違って今朝は病人の眼が据わっていた。