幸子は、櫛田医師を送り出してから自分も一旦帰宅することにして、院長室の蒲原医師に挨拶を済ますと蘆屋の家へ戻って行ったが、夫も、悦子も、雪子も、お春もいない、変にひっそりした西洋間の椅子にひとり腰掛けてぼんやりしていると、又しても忌まわしい場合が考えられて来るのであった。
彼女にして見れば、長年自分たち姉妹の体を手がけている櫛田医師がああ云うのであるし、その人は嘗て今迄に見立て違いをしたことがないのであるから、一往その言葉を信じてよいような気はするものの、―――斎藤医師の意見などよりこの人の意見の方を重んじたいのは山々であるものの、―――今度に限って、今朝の病人のあの顔つきを見てからは、何か、骨肉の者だけにしか分らないような予覚が感じられてならないのであった。
で、彼女はさしあたり、その予覚に従って本家の姉に知らせるだけは知らせて置く方がよいように思い、その厄介な手紙の筆を執るために戻って来たのでもあるが、それを書くにはあれ以後妙子を見放していたことから始めて、今度病気になったと云う通知を受けて引き取らなければならなくなったいきさつ迄を、多少は事柄に修飾を加えて述べる必要があるとすると、優に二三時間はかかる仕事なので、ちょっとは机に向う気になれず、ようよう重い腰を擡げて二階の部屋に閉じ籠ったのは昼の食事を済ましてからであった。