幸子は自分や雪子であったら、とてもこれだけの苦労には堪えられないであろうと思うと、この妹の冒険的生活に感心する気にもなるのであったが、それにしても、最初の報知に接した時の姉の狼狽した有様や、二度目の報知でほっと胸を撫でおろした様子が眼に見えるようなので、そう云う姉が可笑しくもなって来るのであった。
奥畑は妙子の入院の翌日の朝、蘆屋へ電話を懸けて来たので、幸子が出て、早くも今朝から持ち直したことや櫛田医師の診断の模様などを委しく話し、恢復の方へ一道の曙光を認めるようになったことを告げると、それきり二三日は何とも云って来なかったが、四日目の夕方、幸子が午後から三時頃まで詰めていて帰って行ったあとで、雪子と「水戸ちゃん」とが枕元にい、お春が次の間の電気火鉢で重湯を煮ている時であった、只今誰方かお宅のお方らしいお人がいらっしゃいました、お名前を仰っしゃらないんですが、蒔岡さんの旦那様かも知れません、と、この日本館の留守番をしている爺やが取次に来て云った。
へえ、貞之助兄さんか知ら?