奥畑は妙子の入院の翌日の朝、蘆屋へ電話を懸けて来たので、幸子が出て、早くも今朝から持ち直したことや櫛田医師の診断の模様などを委しく話し、恢復の方へ一道の曙光を認めるようになったことを告げると、それきり二三日は何とも云って来なかったが、四日目の夕方、幸子が午後から三時頃まで詰めていて帰って行ったあとで、雪子と「水戸ちゃん」とが枕元にい、お春が次の間の電気火鉢で重湯を煮ている時であった、只今誰方かお宅のお方らしいお人がいらっしゃいました、お名前を仰っしゃらないんですが、蒔岡さんの旦那様かも知れません、と、この日本館の留守番をしている爺やが取次に来て云った。
へえ、貞之助兄さんか知ら?
そんなことはないやろ思うけど、………と、雪子が云ってお春と顔を見合せていると、不意に庭の方で靴の音がして、萩の袖垣の向うから、派手な茄子紺の両前の背広を着て、金縁の濃い色眼鏡を掛けて、(彼は眼は悪くないのであるが、いつ頃からか折々伊達に色眼鏡を掛ける癖が附いていた)あの秦皮のステッキを衝いた姿がぬっと現れた。