そんなことはないやろ思うけど、………と、雪子が云ってお春と顔を見合せていると、不意に庭の方で靴の音がして、萩の袖垣の向うから、派手な茄子紺の両前の背広を着て、金縁の濃い色眼鏡を掛けて、(彼は眼は悪くないのであるが、いつ頃からか折々伊達に色眼鏡を掛ける癖が附いていた)あの秦皮のステッキを衝いた姿がぬっと現れた。
この日本館には病院とは別な玄関が設けられているのだけれども、始めて来る人はそれを知らないで、大概病院の玄関の方から案内を乞うのに、奥畑はどうして知ったのか、此方へ訪ねて来、爺やが取次に来ている間に、勝手に玄関から庭の方へ廻ったのであった。
(後で分ったことであるが、奥畑はいきなり爺やに「蒔岡妙子の病室は此方ですか」と尋ね、爺やが誰方さんですかと二度聞いたのに対して、「僕だと云って下されば分ります」とばかり答えた。