と云うのは、先月末の斎藤医師の勘定なども、多分奥畑が払ってくれているのであろうし、妙子が臥ていた十日ばかりの間の薬餌を始め附添人の食い雑用などでも、随分厄介を掛けている筈で、細かいことを云えば、医者の送り迎えをした自動車代、運転手への心付け、日々の氷の代金などを考えても、相当の金額を立替えて貰っているのであったが、実はあれ以来それらの義理を済ましていないのであった。
が、今更金で持って行っても受け取ってはくれないであろうし、………それも、斎藤医師の分ぐらいは是非受け取って貰うとして、あとは品物にするより仕方がないが、どのくらいに見積って、どんなものを持って行ったらよいであろうか、幸子にはその辺のことが分らないので、なあ、こいさん、どんなものやろうか、と妙子に聞くと、そんなこと、うちが味善うするよって放っといて、と、妙子は云って、今度の費用は、奥畑方で病臥中の分も、入院してから以後の分も、当然自分が支払うべきものだけれども、病中は貯金を引き出すことが出来ないので、一時啓ちゃんや中姉ちゃんに立替えて貰っているのである、いずれ全快した上で自分がすっかり清算するから、中姉ちゃんはそんな心配をしないでほしい、と云うのであった。
しかし妙子のいない所で雪子の意見を聞くと、こいさんはああ云うけれども、アパート生活をし始めてから半年近くにもなるのだし、もう大分貯金を使い減らしているであろうから、口では立派なことを云っても、恐らくお金なんか返しはしないであろう、それでもこいさんと啓坊の仲なら差支えないであろうが、あたし等が間に這入っていてそんな訳には行かないから、お金ででも、品物ででも、早く返してしまう方がよい、と云い、なお附け加えて、中姉ちゃんは今でも啓坊をお金持のように考えているかも知れないけれど、あたしはこの間じゅうあの家に泊っていて、思いの外内証が苦しいのだなと心付いたことがいろいろあった、たとえば御飯のお数なども驚くほど質素で、晩の食卓にもお吸物の外には野菜の煮き合せのようなものが一品附くだけで、啓坊も看護婦もあたしも皆同じものを食べたのである、お春どんが時々見かねて、西宮の市場から天ぷらだの蒲鉾だの大和煮の缶詰だのを買って来てくれることがあったが、そんな時には啓坊もお相伴に与っていた、斎藤先生の運転手に遣る祝儀なども、なるべく私が気を付けて出すようにしたが、しまいにはいつも私に払わせて知らん顔をしていた、でも啓坊は男だけに細かいことには無頓着な風を装っていたが、何となく油断がならない気がしたのはあの婆やさんと云う人であった、あの人は啓坊思いの忠義者で、気だても優しく、こいさんのためにも随分親切に手を尽してくれたけれども、一方台所の経済は一切自分が切り盛りしていて、一銭二銭のことも無駄がないように始末した、と云い、どうも私の見るところでは、あの婆やさんはうわべは実に愛想がよいが、内心ではあたし等の一家、殊にこいさんには余り好感を持っていないのではないかと思う、と云って何も私に対してそんな様子を見せたのではないが、どうも私はそう云う風に直感した、その辺のことをもっと委しく知りたかったら、お春どんはあの婆やさんと始終話し合っていたようであるから、お春どんに聞いたらきっと何か分ることがあるに違いない、何にしてもあの婆やさんがいるのでは、なおさら一文の借金も残して置いてはならない、と云うのであった。