しかし妙子のいない所で雪子の意見を聞くと、こいさんはああ云うけれども、アパート生活をし始めてから半年近くにもなるのだし、もう大分貯金を使い減らしているであろうから、口では立派なことを云っても、恐らくお金なんか返しはしないであろう、それでもこいさんと啓坊の仲なら差支えないであろうが、あたし等が間に這入っていてそんな訳には行かないから、お金ででも、品物ででも、早く返してしまう方がよい、と云い、なお附け加えて、中姉ちゃんは今でも啓坊をお金持のように考えているかも知れないけれど、あたしはこの間じゅうあの家に泊っていて、思いの外内証が苦しいのだなと心付いたことがいろいろあった、たとえば御飯のお数なども驚くほど質素で、晩の食卓にもお吸物の外には野菜の煮き合せのようなものが一品附くだけで、啓坊も看護婦もあたしも皆同じものを食べたのである、お春どんが時々見かねて、西宮の市場から天ぷらだの蒲鉾だの大和煮の缶詰だのを買って来てくれることがあったが、そんな時には啓坊もお相伴に与っていた、斎藤先生の運転手に遣る祝儀なども、なるべく私が気を付けて出すようにしたが、しまいにはいつも私に払わせて知らん顔をしていた、でも啓坊は男だけに細かいことには無頓着な風を装っていたが、何となく油断がならない気がしたのはあの婆やさんと云う人であった、あの人は啓坊思いの忠義者で、気だても優しく、こいさんのためにも随分親切に手を尽してくれたけれども、一方台所の経済は一切自分が切り盛りしていて、一銭二銭のことも無駄がないように始末した、と云い、どうも私の見るところでは、あの婆やさんはうわべは実に愛想がよいが、内心ではあたし等の一家、殊にこいさんには余り好感を持っていないのではないかと思う、と云って何も私に対してそんな様子を見せたのではないが、どうも私はそう云う風に直感した、その辺のことをもっと委しく知りたかったら、お春どんはあの婆やさんと始終話し合っていたようであるから、お春どんに聞いたらきっと何か分ることがあるに違いない、何にしてもあの婆やさんがいるのでは、なおさら一文の借金も残して置いてはならない、と云うのであった。
そう聞くと幸子も、だんだん気に懸ることがあるので、帰宅してからお春を呼び入れて、あの婆やさんはあたし等をどう云う風な眼で見ていたか、何かあの婆やさんから聞いていることはないか、あるならみんな云ってほしい、と云うと、お春は眼を白黒させて、ひどく深刻そうな顔つきをして考えていたが、申しましても構いませんでございましょうか、と念を押してから、恐る恐る次のようなことを語り出した。
実はこのことは、折があったら一遍御寮人さんのお耳へ入れて置く方がよいのではないかと存じていたのでございました、と、そうお春は前置きをして云うのであったが、彼女は先月の下旬、奥畑の家に出入りしていた間にすっかりあの婆やと懇意になった。