その日は奥畑が外出中で、婆やがひとり留守をしていて、まあお茶でも飲んで行ってくれろとすすめるままに、暫く上り込んでおしゃべりをしたが、婆やはその時頻りに幸子や雪子のことを褒めちぎり、お宅のこいさんはよい姉さんたちを持って仕合せだ、それに引き換えうちの若旦那は、自分にも悪いところがあるには違いないけれども、お家さん(先代の夫人)が亡くなってからは、兄弟にも見放されたようになってしまい、そうなると又世間の者も相手にしない有様なので、ほんとうに気の毒でならない、それにつけても、今ではただお宅のこいさん一人を頼りにしておられるらしいので、どうかこいさんが奥様になって上げて下さるとよいのですが、と、涙ぐみながらそう云って、是非この縁が纏まるようにあなたも力を添えて上げてくれろと、お春に頼むのであった。
それから、少し云いにくそうにして、若旦那はこの十年来こいさんのためにあらゆる犠牲を払って来ている、と云い、奥畑が長兄から勘当され、出入りを差止められるようなことを仕出来したのも、原因は妙子にあると云う意味を、非常に婉曲にではあったが、だんだん仄めかすようにした。
婆やが話したことの中でお春が一番意外に感じたのは、ここ数年来、妙子は大部分奥畑の経済的支持に依って生活していたと云う事実で、分けても去年の秋から此方、甲麓荘でアパート暮しをするようになってから以後は、殆ど毎日、朝早くから、と云うのはつまり朝飯を食べる前から、奥畑方へ遊びに来、三度の食事を西宮の家で済まして、夜おそく、ただ寝泊りをするためにだけアパートへ帰った、だから独力で自炊生活をしていたなどと云うものの、実際は奥畑の家に寄食していたと同様で、洗濯物のようなもの迄も皆運んで来て婆やに洗わせるか、此方からクリーニングに出すようにした、二人が外でさまざまな娯楽に費したお金は、孰方が負担したかよく分らないけれども、いつも奥畑の紙入には百円か二百円這入っていたものが、妙子と出かけて帰って来ると、一と晩で空っぽになっていたところを見ると、これも大概彼が奢っていたものと推定される、従って妙子が月々自分の貯金から払っていたものがあるとすれば、甲麓荘の部屋代ぐらいなものであろう、と云うのであったが、そう云われてもお春が何だか合点しかねる顔つきをしているので、こんな話が出たついでだから、と、婆やはここ一年ばかりの間のいろいろな請求書や領収証などを奥から持って来た。