そして、妙子が寄食するようになってからと、それ以前とでは、いかに毎月の経費に夥しい相違があるかを説明するのであったが、なるほど、瓦斯代、電気代、自動車代等から始めて八百屋魚屋等の払いに至るまで、去年の十一月以後は急に驚くほど勘定が嵩んでおり、妙子がこの家でどんなにしたい三昧の贅沢をしていたかが想像出来るのであった。
のみならず、百貨店、化粧品店、洋品店等の書付を見ると、妙子の買い物が大部分を占めているのであったが、お春は図らずも、去年の十二月に妙子が神戸のトーアロードのロン・シン婦人洋服店で拵えた駱駝のオーバーコートと、今年の三月頃に同じ店で拵えたヴィエラのアフタヌンドレスの勘定書があるのを見付けた。
駱駝の方は、表と裏と色の違う織り方になっている、厚くて而も大変軽い地質のもので、表は茶、裏は非常に花やかな赤であったが、当時妙子は、この外套は三百五十円かかった、仕方がないから派手で着られなくなった着物を二三枚処分して払った、と云って、得意そうに姉たちやお春に見せびらかしたものであった。