こう云うと又こいさんを批難するように聞えるかも知れないが、そんなつもりではないのだからと、婆やは何度も言訳しながら言葉を継いで、蒔岡さんのお宅では若旦那をどう云う風に思っておられるか、―――それはまあ、世間知らずの坊々であるから、欠点を拾えばいろいろあるには違いないが、―――少くともこいさんに対して今も昔に変らない純真な感情を持っていることだけは私が保証する、尤も、十七八の歳から茶屋酒の味を覚えたので、その頃は品行も悪かったようであるし、一時こいさんと引き離されていた時代にも乱行に耽ったことがあるようだけれども、それも好きな人と添えないために焼けを起したのであるから、その心持は察して上げてほしいのである、しかしこいさんは若旦那とは段違いに賢いお嬢さんで、料簡もシッカリしてい、女に似げない技能を身に付けておられるのだから、若旦那のような甲斐性なしでは物足りなくなったのかも知れないし、それも無理でないところもあるが、十年来の並々ならぬ間柄を考えたらそう簡単に捨てられる筈のものでもあるまいし、若旦那の一途な胸の中も少しは可哀そうと思って戴きたいのである、それに、どうせ若旦那と添う気がないのなら、あの米吉どんの事件があった時に、きっぱり別れてしまってくれたら、若旦那としてもまだ諦めようがあったろうに、あの時も米吉どんと結婚するようなしないような、若旦那に対しても愛着があるような無いような、曖昧な態度だったので、つい若旦那も引き擦られて来たのであるが、米吉どんが死んだ今日になっても矢張相変らずの態度で、切れようともせず、かと云ってはっきり同棲しようともしないのはどう云う訳か、あれでは若旦那を経済的に利用出来るだけする気なのだ、と云われても仕方がなくはないか、―――と、そんな風に云うのであった。
お春は少し腑に落ちないので、婆やさんはそう云われるが、板倉さんの事件の時にあたし等が聞いたのでは、こいさんは何とかして板倉さんと結婚したかったのだけれども、若旦那が邪魔をするので思うように行かない、それと一つには、雪子娘さんの縁が極まるのを待っているのだ、と云う風に云っておられた、と云うと、雪子娘さんのことは兎に角、若旦那が邪魔をしたと云うのは可笑しい、あの時分でもこいさんは、若旦那に内証で米吉どんに逢っていた一面、米吉どんに内証で若旦那にも逢っていた、それもこいさんの方から電話で若旦那を呼び出したりすることが始終であったのを、私は知っている、つまりこいさんは若旦那と米吉どんとを巧い工合に操っていたような形なので、本心は米吉どんが好きだったのかも知れないが、或る必要から、若旦那とも出来るだけ長く縁をつないでいたのだと思える、と云い、その時分から妙子は既に慾得ずくで奥畑を釣っていたのだ、と云わんばかりなのであった。
でも、こいさんは婆やさんも知っての通り、あの時分にはまだ人形の製作をしておられたので、その方の収入で結構食べて行けた上に貯金までもしていたくらいで、何も若旦那のお世話になる「必要」なんかなかった筈である、と、お春が云うと、それはそう云う風にこいさんは云っておられたのであろうし、お春どんにしても、お宅の奥さんや雪子娘さんにしても、それを真に受けておられたのであろうけれども、凡そ考えて見ても分ることは、こいさんがいくら働きがあると云っても、女の腕で、而もお嬢さんの遊び半分にする片手間仕事の収入で、衣食住にあんな贅沢を尽しながら一方では貯金をするなんて云うことが、ほんとうに出来たであろうか、何しろ立派な仕事場を持っておられたそうであるし、西洋人のお弟子まであったと云うし、米吉どんに製作品の写真を撮らしたりして宣伝が派手であったから、お宅の方々がつい身贔屓でこいさんの実力を買い被られたのも無理はないが、恐らくそんなに大した稼ぎがあったのではあるまい、貯金も通帳を見たのでないから何とも云えないが、多分高の知れたものだったであったろう、もしそうでなく、沢山預けていたとすれば、蓄め込むために若旦那から搾っていたと云うことにもなる、と、婆やは云って、事に依ると、こいさんにそう云うことをさせた黒幕は、案外米吉どんであったかも知れない、米吉どんにすれば精々こいさんが若旦那の支援を受けていてくれる方が、自分の負担がそれだけ軽くなる訳であるから、内々若旦那と逢っていることも分っていながら、見て見ないふりをしていたのかも知れない、とさえ云い出すのであった。