でも、こいさんは婆やさんも知っての通り、あの時分にはまだ人形の製作をしておられたので、その方の収入で結構食べて行けた上に貯金までもしていたくらいで、何も若旦那のお世話になる「必要」なんかなかった筈である、と、お春が云うと、それはそう云う風にこいさんは云っておられたのであろうし、お春どんにしても、お宅の奥さんや雪子娘さんにしても、それを真に受けておられたのであろうけれども、凡そ考えて見ても分ることは、こいさんがいくら働きがあると云っても、女の腕で、而もお嬢さんの遊び半分にする片手間仕事の収入で、衣食住にあんな贅沢を尽しながら一方では貯金をするなんて云うことが、ほんとうに出来たであろうか、何しろ立派な仕事場を持っておられたそうであるし、西洋人のお弟子まであったと云うし、米吉どんに製作品の写真を撮らしたりして宣伝が派手であったから、お宅の方々がつい身贔屓でこいさんの実力を買い被られたのも無理はないが、恐らくそんなに大した稼ぎがあったのではあるまい、貯金も通帳を見たのでないから何とも云えないが、多分高の知れたものだったであったろう、もしそうでなく、沢山預けていたとすれば、蓄め込むために若旦那から搾っていたと云うことにもなる、と、婆やは云って、事に依ると、こいさんにそう云うことをさせた黒幕は、案外米吉どんであったかも知れない、米吉どんにすれば精々こいさんが若旦那の支援を受けていてくれる方が、自分の負担がそれだけ軽くなる訳であるから、内々若旦那と逢っていることも分っていながら、見て見ないふりをしていたのかも知れない、とさえ云い出すのであった。
お春は一つ一つ聞かされることが心外で溜らず、妙子のために多少は弁護して見たけれども、婆やの方にはれっきとした根拠があって、しかしこうこう云うことが、と、いくらでも例証を挙げるのであった。
お春もさすがにそれらをそのまま幸子に聞かせる勇気がなく、あまりひどいことばかりですよって、よう申しません、と云うのであったが、でも一つ二つ洩らしたのを記すと、婆やは妙子が宝石を何箇持っていて、それらの石は何々であるかと云うことをよく知っていた。