お春は一つ一つ聞かされることが心外で溜らず、妙子のために多少は弁護して見たけれども、婆やの方にはれっきとした根拠があって、しかしこうこう云うことが、と、いくらでも例証を挙げるのであった。
お春もさすがにそれらをそのまま幸子に聞かせる勇気がなく、あまりひどいことばかりですよって、よう申しません、と云うのであったが、でも一つ二つ洩らしたのを記すと、婆やは妙子が宝石を何箇持っていて、それらの石は何々であるかと云うことをよく知っていた。
(妙子は事変が始まって人々が指輪を篏めるのを遠慮するようになってから、それらの石を宝石函に収めて命よりも大切にし、アパートへは持って来ないで幸子に保管を依頼していた)それと云うのが、それらの石は皆奥畑商店の商品であったのを、奥畑がそっと持ち出して与えたもので、それが発覚する度毎にお家さんが臀拭いさせられていたのを、婆やは何度も見たことがあると云うのである。