幸子は夫の留守の間にと思って、渋谷へ電話をかけて姉を呼び出し、実はこれこれで今朝此方へ出て来たけれども、今日一日の滞在ではあり、眼帯をしていて鬱陶しくもあるので、勝手ながらそちらから出て来て下されば、………と云うと、会いたいけれども私もちょっと手が放せない、と姉も云って、妙子のその後の様子などを聞くので、もう本当にもと通りになったこと、そう厳格に「勘当」して置くのもどうかと思うことがあったので、公然とではないけれども出入りだけは許していること、などを語り、委しいことは電話では云えないが、近いうちに又出て来るであろうから、………と、そう云って切った。
それでもあまり退屈なので、街路に日蔭が出来るのを待って銀座方面へ散歩に出かけ、前に一度見たことのある「歴史は夜作られる」と云う映画が懸っているのを見付けて、ふと這入る気になったが、片眼で見るせいかシャルル・ボワイエの顔がはっきりせず、あの魅力のある眼がいつものように美しく感じられないので、途中から眼帯を外してしまった。
と、いつの間にか眼は殆ど直っていて、涙も何も出て来ないので、ほんに、云やはる通りやったわ、もうちゃんと良うなってるのんに、お医者さんはみんなあんなこと云うて、一日でも長う引っ張ろうとしますねんな、と、晩に幸子は夫に云った。