二人は暑い東京から逃れて来て、爽やかな山麓の秋の空気を深々と吸い、ときどき湖のほとりの路を逍遥したり、二階の部屋のベッドの上に身を横たえつつ富士の姿を窓越しに眺めたりするだけで、既に十分満足であった。
幸子のように上方に生れて関東の地を蹈むことの稀な者が富士山に寄せる好奇心は、外国人がフジヤマを憧憬するのにも似て、東京人の想像も及ばないものがあるので、彼女が特にこのホテルを選んだのも、フジ・ヴィウと云う名に惹かされた訳であったが、いかさま、此処へ来て見ると、富士はこのホテルの正面玄関と相対して、眉を圧するばかりの距離に迫っていた。
幸子は今度のように富士山の傍近くへ来、朝に夕に、時々刻々に変化するその相貌に心ゆくまで親しむことが出来たのは始めてであった。