でも貞之助が本家の手前を考えて、当分別居だけはしていた方がよい、と云うことだったので、矢張甲麓荘に寝起きしつつ、毎日大概半日は蘆屋で暮すようにしていた。
そして、前に彼女が使っていた二階の六畳が再び彼女に与えられたので、近頃は折々その部屋に閉じ籠って、日あたりのよい窓の下で一生懸命ミシンをかけていることがあった。
それは幸子が取って来てくれる注文の仕事をするのであったが、もともと洋裁は好きなので、やり出すとなかなか熱心に続け、夕食もそこそこにして又二階へ上ったりした。
でも貞之助が本家の手前を考えて、当分別居だけはしていた方がよい、と云うことだったので、矢張甲麓荘に寝起きしつつ、毎日大概半日は蘆屋で暮すようにしていた。
そして、前に彼女が使っていた二階の六畳が再び彼女に与えられたので、近頃は折々その部屋に閉じ籠って、日あたりのよい窓の下で一生懸命ミシンをかけていることがあった。
それは幸子が取って来てくれる注文の仕事をするのであったが、もともと洋裁は好きなので、やり出すとなかなか熱心に続け、夕食もそこそこにして又二階へ上ったりした。