そして、送別会は明後々日の午後五時からと決定したこと、会場は帝国ホテル内のこと、出席者は井谷と娘の光代、国嶋権蔵氏夫妻と同令嬢、御牧氏、それに神戸側の代表としてあなた方お三人が御出席下さるとすると、都合九人は確実であること、等を知らせて来、なおあなた方は東京は何処へお泊りになるのであろうか、御本家がおありになることだから多分あちらへお泊りのことかとも思うが、お互の連絡に便利であるから、いっそ帝国ホテルに泊られたら如何であろうか、今月から来月へかけて東京は二千六百年祭その他で、殆ど全部の旅館が詰まっているが、幸い国嶋氏の親戚の方が此処のホテルの一室を取っておられるので、それをあなた方の方へ廻し、その方は国嶋邸へ泊ってもよいと云っておられるが、………と云う問合せなので、どうせ今度は、妙子が一緒であるし、雪子もあんなことを云っているので、出来れば本家へ内密にしたいくらいな際であるから、幸子は咄嗟に思案して、そう云う訳なら勝手ながら是非その方に左様にお願いして戴きたいこと、出立は明日の夜行か明後日朝の急行にすること、出帆の日まで滞在して横浜までお供したいのであるが、そう長く三人が家を空ける訳にも行かないので、不本意ながら送別会だけで失礼させて戴くこと、それで、明後日とその翌日の、会のある晩と、二晩泊れば済むのであるが、ついでに歌舞伎座を見て帰りたいと云う希望があるので、或はそのためにもう一と晩泊るようになるかも知れないこと、等々を答えると、では歌舞伎座の切符もお取りして置きましょうか、と、直ぐそう云って、事に依ったら私たちもお供をさせて戴きますから、と云うのであった。
その明くる日は、巧い工合に大阪発の夜の寝台が取れたので、三人は一日じゅう支度に追われた。
幸子と雪子は今日のうちにパアマネントを懸けなければと思いながら、井谷の美容院がなくなったとなると何処へ行ってよいか分らず、妙子が来たら彼女の知っている店と云うのへ案内して貰おうと心待ちにして、それにしてもこいさん今朝は遅いなあ、と云い云い朝を過してしまったが、そう云うことに手廻しのよい妙子は、ひとりでさっさと行って来たらしく、午後二時頃にちゃんと頭を拵えてやって来た。