神戸の井谷の店であると、こう云う場合に顔を利かして我が儘を云い、順番を胡麻化して貰う手があったが、ここではそう云う手を使う余地がなく、待合室に待っている間も、周囲がいずれも見も知らぬ純東京の奥様や令嬢ばかりで、誰一人話しかけてくれる者もいない。
二人は小声で語り合うのさえ、上方訛を聞かれることが気が引けるので、さながら敵地にいる心地で身をすくめながら、あたりでぺちゃくちゃ取り交される東京弁の会話に、こっそり耳を傾けているより外はなかったが、今日は大変込むんだわね、と、一人が云うと、そりゃそうよ、今日は大安だもんだから御婚礼がとても多いのよ、美容院は何処も大繁昌よと、一人が云っている。
幸子は、成る程そうだったのか、それでは井谷が送別会を今日にしたのも、雪子のために縁起を祝ってくれたのかも知れない、と心付いたが、そう云ううちにも客が後から後からと詰めかけて来、済まないけれどあたし時間の約束があるんで、………と、例の手を使って二人も三人も先に這入って行くのであった。