そんな訳で、彼女は今朝、義兄が勤めに出かけた頃を見計らって渋谷の姉に電話を懸け、井谷が今度これこれなので、その送別会に出席するために三人で出て来たこと、明日の朝の特急で帰る予定であるから、今日だけしか時間がないのであるが、午後は井谷と歌舞伎座へ行く約束があるので、その前にちょっとだけ訪ねるつもりであること、それから、まだそんなに進んではいないのだけれども、井谷の送別会に絡んで、雪子の縁談も持ち上っているのであること、などを匂わして置いたのであったが、朝から銀座を歩き廻って尾張町の交叉点を三四回も彼方へ渡り此方へ渡りしてから、浜作で昼飯を食べて、西銀座の阿波屋の前から道玄坂へタキシーを飛ばした。
妙子はその日も、絶えずしんどいとか疲れたとか云いながら附いて来、浜作の座敷では座布団を枕にして足を投げ出したりしていたが、二人の姉がタキシーへ乗る時に、自分は行くことを差控えたい、本家は自分を勘当したことになっているから、訪ねて行っては姉ちゃんが挨拶に困るであろうし、自分もそんな所へ行きたくない、と云い出した。
幸子は、そう云えばそうであろうけれども、妙子だけ顔を見せないのも角が立つし、義兄は兎に角、姉は勘当と云うようなことにこだわる筈はなく、会いに行けばなつかしがるに極まっている、殊に妙子がああ云う大病をした後であるから、そう云っても顔を見たがるであろうことは知れているので、そない云わんと一緒に来なさい、とすすめて見たが、行くのは大儀であるから止める、自分は何処かで珈琲でも飲んで、先に歌舞伎座へ行っている、と云うので、それならと、幸子も強いては誘わず、雪子と二人だけで出かけた。