そうこうするうち、追い追い人目につきそうな状態となって来たので、幸子は夫の指図のままに、十月末の或る日の夕方、お春を附けてそっと有馬へ立たせてやったが、その道すがらも、わざと顔見知りのガレージを避けて、省線の本山駅から自動車を招き、神戸へ出て又外の車に乗り換え、山越しをして有馬へ行かせると云う用心深さであった。
お春は幸子から、妙子が阿部と云う偽名で今後当分、恐らく五六箇月間、温泉旅館「花の坊」に滞在するのであること、滞在中は妙子のことを「奥様」と呼び、「こいさん」と呼んではならないこと、蘆屋との連絡にはお春が来るか此方から誰かが行くかして、電話は懸けぬようにすること、妙子と三好と云う男との交通は禁止してあり、三好には妙子の転地先を教えてない筈だと云うことを、お春も承知していてくれること、万一怪しい手紙が来たり、電話が懸ったり、訪問客があったりしたら気を付けること、等の条々を云い含められたが、幸子はお春が、今だから申上げますけれども、わたし等は皆さんが東京へいらっしゃいます前から、こいさんのお腹が大きいことを存じていたのでございます、と云うのを聞いて、ひどく驚いたのであった。
あんた、何で分ったん、と、幸子が聞くと、お照どんが最初に感づきまして、何やこいさんの様子がけったいや、そうと違うやろか、云い出したのでございますが、でも私等だけでそない申しておりましたので、誰にもしゃべったことはございません、とお春は云った。