と云うような訳で、どうにかこうにか収まりが付いたのであった。
井谷の娘の光代のところから幸子に宛てて手紙が来たのは、ちょうど夫婦が妙子の処分問題で忙しがっている最中であった。
光代は、三人の姉妹が遠い所を送別会に出て来てくれた礼をかねて、母が機嫌よく出帆したこと、御牧氏が十一月の中旬頃に西下すると云っていること、そして蘆屋へお訪ねすると云っているから、是非御主人がお会いになって人物を見て戴きたいこと、国嶋氏夫妻からも特に宜しくと云っていること、などを知らして来たのであったが、それから一週間ばかり過ぎて、渋谷の鶴子からも手紙が来た。