今迄姉の手紙と云うと、此方を妹扱いにして意見するような書き方をしたのが多く、幸子はいつも、訪ねて行けば優しい姉に、文の面では叱られてばかりいたような気がするのであるが、そう云う姉がこんなことを云って来たのは、ちょっと不思議であったので、取り敢えず注文の品々を小包便で送り出したきり、直ぐには返事をしたためようともせずにいた。
ヘニング夫人の娘フリーデルが、今度父に伴われて伯林へ行くことになったと云って、或る日夫人が訪ねて来たのは、十一月の中旬であった。
夫人は、戦争中の欧羅巴へ娘を旅立たせることは躊躇したのであるけれども、娘は舞踊研究のためにどうしても行くと云って聴かないし、夫も、そんなに行きたがるのなら連れて行こうと云い出したので、仕方なく許してやることにした、幸い他にも同行者が得られたので、道中の心配はないであろうと思っている、ついては、きっとハンブルクのシュトルツ一家をも訪ねるであろうから、何か御伝言でもあれば娘にお托しになってはどうか、と云うのであった。