ヘニング夫人の娘フリーデルが、今度父に伴われて伯林へ行くことになったと云って、或る日夫人が訪ねて来たのは、十一月の中旬であった。
夫人は、戦争中の欧羅巴へ娘を旅立たせることは躊躇したのであるけれども、娘は舞踊研究のためにどうしても行くと云って聴かないし、夫も、そんなに行きたがるのなら連れて行こうと云い出したので、仕方なく許してやることにした、幸い他にも同行者が得られたので、道中の心配はないであろうと思っている、ついては、きっとハンブルクのシュトルツ一家をも訪ねるであろうから、何か御伝言でもあれば娘にお托しになってはどうか、と云うのであった。
幸子は、この六月に夫人に頼んで独逸語の手紙を書いて貰い、それと一緒に舞扇と白生地とをハンブルクへ郵送したのに、シュトルツ家から何の返事も来ないことが気になっていた折柄だったので、この機会に何か品物をことづけることにし、ではお嬢さんが御出発になります迄にお宅へお届け致しますからと、そう云って夫人を帰したが、その数日後に、ローゼマリーへの贈物として真珠の指輪を見立て、シュトルツ夫人に宛てた書簡を添えて、それをヘニング家へ持って行った。