幸子は、この六月に夫人に頼んで独逸語の手紙を書いて貰い、それと一緒に舞扇と白生地とをハンブルクへ郵送したのに、シュトルツ家から何の返事も来ないことが気になっていた折柄だったので、この機会に何か品物をことづけることにし、ではお嬢さんが御出発になります迄にお宅へお届け致しますからと、そう云って夫人を帰したが、その数日後に、ローゼマリーへの贈物として真珠の指輪を見立て、シュトルツ夫人に宛てた書簡を添えて、それをヘニング家へ持って行った。
御牧は光代から予告があった通り、その月の二十日近くに、或る夜嵯峨の子爵邸から電話で、昨日東京から此方へ着き、二三日滞在しているつもりであるが、一遍御主人御在宅の折に参上したいと云って来たので、夕刻からなら、いつでも御都合のよろしい日にと云うと、それでは明日伺いますと云って、その日の四時頃に見えた。
早めに帰宅していた貞之助は、応接間で三四十分余人を交えずに会談してから、幸子と雪子と悦子を加えて神戸に出、オリエンタルホテルのグリルで食事をして、新京阪で嵯峨へ帰る御牧を阪急まで送って行って別れた。