社用で大阪へ来たのであるが、ついでにお宅へお寄りして「テストに及第」したかどうかを伺って来るようにと、社長からも御牧さんからも申付かって参りました、と云うので、実は貞之助の意見もあって、只今先方さんのことを調べさせて貰っているが、十二月には貞之助が上京するので、その節本家とも相談をし、何分の御挨拶に出るつもりである、と云うと、御不審の点は何々でしょうか、最近では私なんかが御牧さんと一番親しくお附合いしていまして、欠点でも美点でも大概知っておりますから、何なりとお尋ね下さればありのままに申上げます、その方が余所でお調べ下さるよりも手っ取り早いと存じますから、是非仰っしゃって下さいまし、と、母親に似て短兵急に攻め立てるので、幸子ではあしらい切れず、貞之助に出て貰ったが、光代がそんな風なので、自然貞之助も、いろいろなことを忌憚なく尋ねた。
その結果明かになったことは、大体に於いてあの人はああ云う風な洒脱な紳士型であるけれども、あれで案外気分屋で、時に依っては機嫌の悪いこともあること、子爵家にはあの人の腹違いの兄に当る、嫡男の正広と云う人があるが、その人とは分けても仲が悪くて、よく喧嘩をすること、光代自身は見ていないが、激して来ると兄貴を殴ったりもしかねないと云う話であること、多少酒の上が悪い方で、酔うと随分乱暴をしたものであること、但し近来は流石に年を取って来たので、泥酔する程飲むようなことはめったになく、従って乱暴もしなくなったこと、尤もあの人は亜米利加仕込みであるから、レディーに対しては礼儀に厚い方で、昔からどんなに酔っ払っても婦人に手を上げたりしたことはないので、その点は安心であること、等々であるが、なお一つ二つあの人の欠点を云えば、何事にも理解が早くて趣味が広い代りに、気紛れで、一つ事に熱中する根気がないこと、人を御馳走したり、世話したりすることが大好きで、金を散ずることは上手であるが、作ることは下手であること、等々であると、光代は貞之助が尋ねないこと迄も、進んで答えたのであった。
貞之助は、それだけ伺えば大凡そ御牧氏の人となりは分ったようなものの、遠慮のないところを云うと、当方として一番心配に思うのは、結婚してから後の生活問題である、こう云っては失礼であるが、お話に依ると、氏は今日まで親譲りの財産があったから気儘に暮して来られたので、氏自身では、種々のことに手を染められたに拘らず、これと云って成し遂げられたものはないのではあるまいか、とすると、たとい国嶋氏の後援で建築家になられたとしても、果してそれが物になるかどうか不安なきを得ない、仮りにその点は大丈夫だとしても、今の日本はそう云う種類の建築屋さんなんぞの立って行けない時代にあって、この状勢は今後三年や四年では解消しないであろうと思うが、その間はどうして凌いで行かれるか、国嶋氏の斡旋で、父子爵に応分の補助を仰ぐと云うことであったが、この先この状勢が五年も六年も、或は十年もつづくようなことがあったら、そういつ迄も補助して貰えるものではないし、又、そんなことでは結局一生子爵家の厄介者で終ることになるし、それではどうも心細いので、その辺を何とかもう少し、安心出来るようにして貰えないものであろうか、いろいろ勝手なことを云って相済まないが、正直のところ自分達もこの縁談には大いに気乗りしているので、大体貰って戴くことに腹は極めているのであるが、兎も角も来月上京して国嶋氏にお目に懸り、今云った点を確かめて見たいと思っているので、………と、云うような挨拶をしたのであったが、なるほど、よく分りました、そう云う御不安がおありになるのは御尤もです、と、光代は云って、私の一存ではお答え致しかねることもありますから、帰りまして社長にその旨を伝え、将来の保証について必ず御納得が行くような方法を講じましょう、それでは来月お待ちしております、と、そう云うと、折角ですが今夜の夜行で立ちますからと、晩の御飯でもと云うのを断って辞去した。