それ迄の間に彼は二三の手蔓を求めて、御牧の性行その他のこと、父子爵や腹違いの兄弟たちとの関係のことなど、一通りは調べて見、光代の云ったことが事実に違いないことを確かめ得たのであったが、一番肝腎な将来の生活の件については、国嶋を訪うて質して見ても、そう具体的にどうと云う保証は得られなかった。
要するに、これから父子爵に話すのであるから、今から明言出来ないけれども、新夫婦の住む住宅を買って貰うことと、ここ当分の間の生活費として多少のことをして貰うこと、そしてその金は無意味に費消しないように自分が預かって、月々若干ずつ仕送ること、ぐらいはお約束出来ると思う、と云うのであったが、しかしそれから後のことも、必ず困るようにはしないから、自分を信じて、一任して戴けないであろうか、自分は御牧氏の建築設計家としての才能を大いに認めている者で、時勢が直れば是非後援して再起させて上げる、それは人々の見ようだけれども、こんな時代がそんなに長く続くものとは信じられないし、仮りに相当続いたとしたところで、その間の食いつなぎぐらい、何とでもなろうではないか、と、そう国嶋は云って、及ばずながら僕が附いていますからと、云わんばかりなのであった。
貞之助は、御牧が設計したと云う国嶋の邸宅を隅々まで見せて貰ったりしたけれども、もともと建築の方の知識には疎いので、果して御牧にどれ程の才能があるものやら分らなかったが、でも国嶋のような社会的地位のある有力者が、それほど迄に彼に惚れ込み、且将来を引請けると云うからには、それを信ずるより外はなかったし、それに、ありていに云えば、妻の幸子が、国嶋以上に熱心にこの縁談の成立を望んでいることも明瞭であった。