毎年の春の花見に馴染の深い場所であったが、今は極寒の季節であるのに加えて、京都の冬は格別なので、大堰川の水の色を見ても何かしんしんとしたものが骨身に沁みるようであった。
川に沿うて三軒家の前を西に行き、小督局の墓所を右に見て、あの遊覧船の発着所の前を過ぎ、天竜寺の南門の方へ曲ったところに「聴雨庵」と云う額の懸った門のあるのがそれであると教えられていたので、直ぐに分ったが、貞之助たちはこんな所にこんな別荘があることを始めて知ったのであった。
家は葛屋葺の平家建てで、そう広そうにも思えなかったが、座敷の正面に嵐山を取り入れた泉石の眺めは素晴らしかった。