車は三条通りを東に、烏丸通りを真っ直ぐ南へ下ったが、その間御牧はひどく上機嫌で、車の中に葉巻の匂を籠らせながらしゃべりつづけた。
悦子はいつか御牧のことを小父ちゃんと呼ぶようになっていて、ねえ、小父ちゃん、小父ちゃんの名前が御牧で、うちの名前が蒔岡で、孰方もマキの字が付くんやわねえ、と、突然そんなことを云い出したので、此奴ぁいいことを云ってくれた、悦ちゃん、君は中々利口だと、御牧はすっかり嬉しがり、だからやっぱり悦ちゃんの家と僕の家とは最初から縁があったんだよ、と云うと、ほんとうにね、と、光代が傍から合槌を打って、雪子お嬢さんもスーツケースやハンカチのイニシャルをお書き変えになる必要がないなんて、第一便利じゃございませんか、と云ったのには、雪子も声を挙げて笑った。
明くる日ミヤコホテルの国嶋から電話で、昨夜はまことに好結果に行き、双方満足の御様子であったのは欣快に堪えない、と云い、自分は今夜御牧氏と同道帰京するが、結納その他のことについては、追って井谷嬢を以て連絡申上げるであろう、なお昨夜の広親子の話では、阪神の甲子園に園村氏所有の恰好な家作があり、売ってもよいと云うことであるから、それを子爵家が買い取って新夫婦に贈ることになろう、御牧氏は近々大阪か神戸に職を求めることになろうし、彼処なら蘆屋も近いことであるから、万事に都合がよいであろう、ただ、目下その家は借家人が住んでいるので、至急に出て貰うように交渉するとのことであった、と云って来た。