と云うと、いいえ、まだでございます、お産がえらい重いらしいて、二十時間も前から苦しがっていらっしゃいます、と、お春は云って、院長先生の話では陣痛微弱と云うことで、促進剤の注射もしてくれたのであるけれども、昨今は独逸製の良い薬が払底しているとかで、国産品を用いるせいか、あまり利き目が現れない、こいさんはずっと呻りつづけに呻って身を悶えておられて、昨日から全然物が食べられず、変などす黝い青いものを嘔いてばかりおられ、こう苦しくてはとても助からない、今度こそ死ぬのだと云って、泣いておられる、先生は大丈夫のように云っておられるけれども、看護婦さんは心臓が保たないかも知れないと云っておられるし、しろうと眼にも可なり危険な状態のように見受けられるので、電話を懸けてはならない約束であったけれどもお懸けした、と云うのであった。
幸子は、お春の話だけでは様子がはっきりしないけれども、独逸製の陣痛促進剤が得られないために産婦が弱っているのであるなら、何とでもして手に入れる道はあるであろうし、大概の産婦人科病院には、特別の患者のために多少の品が秘蔵されている筈なので、自分が行って院長に巧く泣き付けば出させることが出来そうに思えたのであったが、傍から雪子も、もう此処まで来て何も世間へ気がねすることはないではないか、と云い、頻りに見舞いに行くようにすすめるのであった。
やがて貞之助も起きて来たが、これも雪子と同意見で、僕は三好に、こいさんの体とお腹の児は当方が責任を以て預かると云った手前がある、だからそう云う事情を聞いては捨てて置く訳に行かない、と云い、早速幸子を行かせるようにしたばかりでなく、三好にも通知して、直ぐ病院へ行って貰うような処置を取った。