なぜなら、洋裁には早くから趣味を持っていて、ミシンを使うことも上手であるし、ジャルダン・デ・モードやヴォーグなどと云う外国の雑誌を参考にして、自分の服は勿論のこと、幸子や悦子の物などをも縫っていたくらいで、習うと云っても、全然初歩から始めるのではないから、上達も早く、且これならば将来一人前の腕になれるという自信が持てるからであった。
彼女は人形の製作が芸術で洋裁が品の悪い職業だと云う奥畑の意見を一笑に附して、自分は芸術家などと云う虚名は欲しくない、洋裁が品が悪いなら悪くても構わぬ、いったい啓ちゃんがそんなことを云うのは時局への認識が足りないからで、今は子供欺しの人形などを拵えて喜んでいられる時代ではあるまい、女性と雖もっと実生活につながりのある仕事をしなければ耻かしい時ではないか、と云うのであったが、幸子は、そう云う風に云われてみると如何にも尤もで、一言も反対する余地はないように感じた。
しかし察するところ、妙子がそう云う健気なことを心がけるに至った裏面には、内々奥畑と云う青年に対する愛憎尽かしが含まれているのではあるまいか、つまり、奥畑との間は、新聞にまで謡われた仲であって、義兄や姉たちや世間に対する意地もあるから、そう簡単に彼を捨ててしまう訳にも行かないので、口では負け惜しみを云っているのであるが、事実はもうあの青年に見きりを付け、時機を待って結婚の約束を解消したいのが本心なのではあるまいか、それで洋裁を習いたいと云うのは、そうなった場合に自分は自立するより外に道がないと見て、その時に備えるつもりなのであろう、奥畑には妙子のそう云う深い底意が分らないので、「ええとこのお嬢さん」が何でお金儲けをしたがったり、職業婦人になりたがったりするのか、合点が行かないのであろう、と、幸子は一往そう解釈した。