実は郷土会も、去年の七月以来時局に遠慮して暫く中止していたところ、そう云う研究的な質素な集りのことであるから、この際自粛して催すのなら差支えないであろうと云う者が出て来、神杉さんのお宅も毎度のことで御迷惑であろうから、一遍場所を変えてみたらと云う意見なども現れたと云う訳なのであったが、幸子たちも好きな道なので、神杉さんのお宅のような十分な設備は整わないけれども、それさえお構いなかったらと、部屋を提供することにした。
で、神杉家では置き舞台の用意などがあるのだけれども、それを大阪から蘆屋まで運んで来るのは厄介であるから、蒔岡方では階下の二た間つづきの洋間の家具を取り払い、食堂のうしろに金屏風を立てて其方を舞台にし、応接間の方を見物席として、絨毯の上に坐って見て貰うことにする。
楽屋には二階の八畳の座敷を当てる。