本年五十八歳になるおさく師匠は、元来が蒲柳の質であるところへ、腎臓の持病があり、めったに出稽古などに来てくれる人ではないのに、もう初夏の暑い日ざかりに、大阪の南の方から阪急電車で出向いて来てくれると云うのは、破格の好意なのであって、それは一つには、妙子が全くの「娘ちゃん」でありながらくろうとに交って精進する熱心さに絆されたせいもあるが、一つには山村舞の頽勢を挽回するには、従来のような引っ込み思案では駄目であることを悟るようになった結果でもあるらしかった。
だがそうなると、今迄は稽古場の関係で諦めていた悦子までが習いたいと云い出したので、娘ちゃんが稽古おしやすのであったらこれから月に十日ぐらいは上らして戴いてもよろしいと、勧め上手に云ってくれるおさく師匠の口添えもあって、彼女もこの機会に手ほどきをして貰うことになった。
おさく師匠の来る時刻は、その日その日で違っていて、大体明日は何時に来ますと云う約束をして帰るのだけれども、時間が一向正確でなく、一時間も二時間も狂うことがあり、天気が悪いと来ないでしまうことなどもあるので、忙しい中を早くから来て待つようにしていた妙子も、しまいには馴れて、おさく師匠が見えてから電話で知らして貰い、悦子が稽古している間に夙川から駈け付けると云うようにした。