で、お春が帰ってから十分か二十分の後に、今度は妙子がエメラルド色のオイルシルクの雨外套を着、護謨靴を穿いて出かけようとした際にも、こいさん、まあえらい時に出かけるねんなあと、幸子が云ったことは云ったけれども、今朝は妙子は夙川ではなしに、午前中に本山村野寄の洋裁学院へ行く日だったので、これぐらいな雨何でもあれへん、水が出たら却って面白いわ、などと冗談を云い云い出て行ったのを、止めないでしまった。
ただ貞之助だけは今少し小降りになるのを待つ積りで、書斎で調べ物などをしながらぐずぐずしていると、やがてけたたましいサイレンの音を聞いたのであった。
その時雨は最も激しく降り出していたが、貞之助が見ると、此処の邸内で一番低いと思われる、ちょっとした雨にもよく水が溜る書斎の庭の東南の隅の、梅の木の下が二坪ばかり池のようになっている外には、自分の家には何の異状も認められなかったし、それに此処は蘆屋川の西の岸から七八丁は離れているので、別に危険が迫っているとは感じられなかった。