彼は流れが相当に早いので一歩々々蹈みしめて行かなければならないのと、長靴の中へ水が這入って足が重くなっているのとで、歩くのに気を取られていたのであったが、貞之助より身長の低いお春は、紅い腰巻を殆ど全部泥水に漬け、蝙蝠傘をさすことを断念してそれを杖の代りに衝き、流れに足を取られないように電信柱や人家の塀に掴まりながら、ずっと後れて来るのであった。
彼女の独語は有名で、映画などを見に行っても、ああええなあとか、あの人どないするのんやろとか、ひとりで感心したり訝しんだり手を叩いたりする癖があるので、お春どんと映画館へ行くのは閉口やと云われているのであるが、今この際どい流れの中でその癖を出しているのかと思うと、貞之助は可笑しくなった。
幸子は夫が出て行ったあと、自分も何かじっとしてはいられなくなって、いくらか雨が小降りになったのを幸いに門の前まで出て見ると、そこへ蘆屋川駅前のガレージの運転手が通りかかって挨拶をしたので、小学校の様子を先ず尋ねた。