幸子はそう聞いて少しほっとしたが、運転手はそれに附け加えて、蘆屋川もひどいけれども、住吉川の氾濫の方が遥かにひどいと云う噂が専らである、電車は阪急も省線も国道も皆不通なので、はっきりしたことは分らないが、西の方から歩いて来る人達に聞いてみると、此処から省線の本山駅あたりまでは、出水もそれ程ではなく、線路の上を伝わって行けば水に漬からずに行けるけれども、あれから先は、西へ行くほど一面に茫々たる濁流の海で、山の方から大きな波が逆捲きつつ折り重なって寄せて来て、いろいろな物を下流へ押し流している、人が畳の上に乗ったり木の枝に掴まったりして助けを呼びながら流れて行くけれども、どうすることも出来ない有様だと云うことです、と云う話に、今度は寧ろ妙子の安否が気遣われて来た。
彼女の通っている本山村野寄の洋裁学院と云うのは、国道の甲南女学校前の停留所の辺を少し北へ這入った所にあって、住吉川の岸から直径二三丁に過ぎないので、今の運転手の話だと、どうしてもその濁流の海の中にあるらしく思える。
彼女が洋裁学院へ行く時は、国道の津知まで歩いて出て、そこからバスで行くのであるが、そう云えばさっきお宅のこいさんが国道の方へ下りて行かはるのと、僕そこで擦れ違いました、青いレインコート着たはりましたな、あの時刻に出かけはったんやったら、向うへ着かはってから間もなく水が出たぐらいやったかも知れません、小学校よりも野寄の方がずっと心配でっせと、運転手も云うのである。