矢張悦子の小学校は完全に水害から免れていたのであった。
ただ学校の周囲が悉く水浸しになってしまい、尚刻々に増水するけはいが見えたので、授業を休んで、生徒を全部二階の教室に集合させて置いたところ、追い追い子供の安否を気遣って身柄を引き取りに来る父兄達が現れたので、そう云う人達には一々子供を渡していた。
だから悦子は、自分自身は何等恐い思いもせず、却って家の方がどうなったであろうかと案じていた折柄、父親とお春が駈け付けて来たと云う訳で、家庭から迎えが来たのでは、悦子などが早い方であり、貞之助の後からぽつぽつと方々の迎えの人達が続いて来つつあった。