貞之助はそこで立ち止まって前方を眺めた時、さっき甲南学校の生徒が「海のようだ」と云ったのは、今自分の眼前にあるこの景観のことなのだなと合点が行った。
雄大とか豪壮とか云う言葉を使うのはこの場合に不似合のようだけれども、事実、最初に来た感じは、物凄いと云うよりはそう云う方に近く、驚くよりは茫然と見惚れてしまった。
いったいこの辺は、六甲山の裾が大阪湾の方へゆるやかな勾配を以て降りつつある南向きの斜面に、田園があり、松林があり、小川があり、その間に古風な農家や赤い屋根の洋館が点綴していると云った風な所で、彼の持論に従えば、阪神間でも高燥な、景色の明るい、散歩に快適な地域なのであるが、それがちょうど揚子江や黄河の大洪水を想像させる風貌に変ってしまっている。