いったいこの辺は、六甲山の裾が大阪湾の方へゆるやかな勾配を以て降りつつある南向きの斜面に、田園があり、松林があり、小川があり、その間に古風な農家や赤い屋根の洋館が点綴していると云った風な所で、彼の持論に従えば、阪神間でも高燥な、景色の明るい、散歩に快適な地域なのであるが、それがちょうど揚子江や黄河の大洪水を想像させる風貌に変ってしまっている。
そして普通の洪水と違うのは、六甲の山奥から溢れ出した山津浪なので、真っ白な波頭を立てた怒濤が飛沫を上げながら後から後からと押し寄せて来つつあって、恰も全体が沸々と煮えくり返る湯のように見える。
たしかにこの波の立ったところは川でなくて海、―――どす黒く濁った、土用波が寄せる時の泥海である。