幸子がそう感じたばかりでなく、おさく師匠も褒めてくれたくらいで、それは勿論師匠が毎日遠い所を出向いて来てくれた丹精のお蔭には違いないけれども、一つには子供の時分に舞を習った経験があるのと、生れつき筋がよいせいなのではあるまいかと、そう云っては身贔屓になるかも知れないが、幸子には思えたのであった。
何事に依らず感激すると直きに涙が出る彼女は、あの日も妙子の舞うのを見ながらこんなにもこいさんが上達したのかと、涙が出て仕方がなかったが、その時の感激が今またこの写真に対して湧き上って来るのであった。
彼女は四枚ある舞姿の中で、「心も遠き夜半の鐘」のあとの合の手のところ、―――傘を開いたままうしろに置き、中腰に両膝を衝いて、上体を斜め左の方に浮かせ、両袖を合わせ小首をかしげて、遠く雪空に消えて行く鐘の音に聴き入っているところ、―――を撮ったものが一番好きであった。