稽古の時にも、妙子が師匠の口三味線に載ってこの恰好をするのをたびたび見、ここのところが最も気に入っていたのであるが、あの当日には、衣裳や髪かたちのせいもあって、稽古の時よりは又数倍立ち勝って見えた。
幸子は、どう云う訳でここのところがそんなに好きなのだか自分にもよく分らないのだけれども、恐らくそれは、いつものハイカラな妙子には全然見られないしおらしいものが、この恰好の中に出ているからであるかも知れない。
彼女は妙子と云うものを、自分たち姉妹の中では一人だけ毛色の変った、活溌で進取的で、何でも思うことを傍若無人にやってのける近代娘であると云う風に見、時には憎らしくさえなることがあるのだけれども、この舞姿を見ていると、矢張妙子にも昔の日本娘らしいしとやかさがあることが分って、今迄とは違った意味で可愛らしくもいとおしくもなって来るのである。