が、学院と云っても、のんきな塾のようなものであったし、何しろそう云う悪天候のことではあり、水が出そうだなどと云って騒いでいる場合であったから、欠席者が多く、出て来た者も落ち着かない有様なので、今日はお休みにしましょうと云うことになり、みんな帰ってしまったが、彼女だけは、妙子さん、珈琲を飲んで行かない、と、玉置女史にすすめられて、別棟になっている女史の住宅の方で暫く話していた。
女史と云うのは、妙子より七つ八つ年長の人で、工学士で住友伸銅所の技師をしている良人との間に小学校へ行っている息子が一人あり、自分も神戸の某百貨店の婦人洋服部の顧問をしつつ洋裁学院の経営をしているのであった。
それで学院の隣に別な小さな門があって、そこに平屋建ての、西班牙風な瀟洒な住宅があったが、学院の校舎とは庭つづきで行け行けになっていた。