そして又、人間は、もうどうしても助からない、もう死ぬのだと云う時になると、案外落ち着いて、恐くも何ともなくなるものであることも分った。
妙子がそう云う状態にいた間は、非常に長い時間、―――三時間も四時間ものような気がしたけれども、実際は一時間にも足りなかったであろう。
彼女は、自分が取り縋っている窓のガラス戸の上方が、さっきも云うように一二寸程開いていて、そこから外の濁流が浸入して来るので、片手でカーテンを掴みながら、片手で一生懸命にそのガラス戸を締めようとしていると、ちょうどその時に、―――いや、実はその少し前から、自分のいる部屋の頭の上、―――屋根をみしりみしり人が歩くような足音がしていたが、その時ひらりと屋根の方から藤棚の上へ飛び移った人影があった。