最初妙子には彼が何をしようとしているのだか呑み込めなかったが、間もなくそれは、片手で藤棚を掴みつつ激流を横切って何とかして片手を窓へ届かせようとしているのであることが分った。
途端に、革のジャンパーを着て、飛行家の被るような革の帽子を被って、眼ばかりパチクリさせているその男が、板倉写真師であることに、妙子は心づいたのであった。
この革のジャンパーは板倉がアメリカ時代にしばしば着ていたものだそうであるが、妙子は彼がこう云う服装をしたのを見たことがなかったし、顔がそんな風に帽子で隠されていたし、こんな時にこんな所へ板倉が出現しようとは夢にも思い設けなかったし、豪雨と激流とでその辺が濛々と煙ってもいたし、それに何よりも気が顛倒していたので、ちょっとの間板倉であることに心付かなかったのであった。