彼が学院の建物へ辿り着く迄の決死的な奮闘については、あとで妙子は頗る詳細な話を聞かして貰うことが出来たけれども、それもここに記す必要はあるまい。
ただ、彼も貞之助と同じように一旦鉄道線路に上り、甲南女学校の方角から駈け付けたのであったが、彼の方が貞之助より一二時間早かったために、何とか水を乗っ切ることが可能であったらしい。
尤も彼自身に云わせると、自分は三度押し流されて死に損ねた、当時自分以外にあの激流の中へ飛び込んだ者は一人もなかったと云うのであって、それも満更偽りではないであろう。
彼が学院の建物へ辿り着く迄の決死的な奮闘については、あとで妙子は頗る詳細な話を聞かして貰うことが出来たけれども、それもここに記す必要はあるまい。
ただ、彼も貞之助と同じように一旦鉄道線路に上り、甲南女学校の方角から駈け付けたのであったが、彼の方が貞之助より一二時間早かったために、何とか水を乗っ切ることが可能であったらしい。
尤も彼自身に云わせると、自分は三度押し流されて死に損ねた、当時自分以外にあの激流の中へ飛び込んだ者は一人もなかったと云うのであって、それも満更偽りではないであろう。