兼やは板倉が自分に気が付いてくれたと分ると、応接間の窓の方を指さし、それから指を三本出して見せ、それから空に片仮名でタエコと書いて見せた。
板倉はそれに依って、その窓の中に人が三人いることと、三人の中の一人が妙子であることとを理解するや否や、再び激流の中に躍り込み、半ばは流され、半ばは溺れ、半ばは泳ぎつつあの藤棚へ来ることに成功したのであるが、この最後の死闘が分けても冒険的なものであったこと、これこそ彼の生命を賭した働きであったことは察するに難くないのである。
板倉が上に述べたような救助作業をしていた時間は、ちょうど貞之助が列車の中に避難していた時間に相当するであろう。