学院の門は殆ど埋没して纔かに門柱の頭が少しばかり地面に露出しているに過ぎず、平屋建ての校舎も、スレート葺きの屋根だけを残して埋まっていた。
貞之助はその屋根の上に避難しているであろう妙子達の姿を空想に描いていたのであったが、生徒たちはどうしてしまったのか、―――巧く逃げ終せたのか、流されたのか、砂の下にでも埋まっているのか、屋上には一人の人影もなかった。
彼は失望しながら、(その辺の土砂も相当に危険で、一歩々々に股ぐらいまで漬かるのであった)校舎の南の、以前は花壇や芝生などのある庭になっていた所を横切り、玉置女史の住宅のある方へ行った。