板倉は貞之助に、自分が三人を救い出した手柄話をしてから、もうこのように減水したので蘆屋へこいさんを送って行って上げようと思いながら、一つはこいさんが甚しく疲労しているのと、一つは玉置先生や坊々が自分が行ってしまうのを心もとながるものだから、今暫く様子を見ることにして休んでいたのであると語った。
実際そう云う目に遭った経験のある人でなければ分らないが、当時は、女史も、妙子も、弘少年も、後から考えると滑稽な程、ひどい恐怖症に取り憑かれていて、眼前に空の晴れるのを見、水の退いて行くのを見つつ、なお身の安全を信じ切れず、容易に体じゅうの戦慄が止まらないと云った風であった。
現に妙子は、旦那さんや御寮人様が心配しておいでなさるでしょうから、早くお宅へお帰りにならなければいけますまい、僕がお送りして行きますと、板倉にも促され、自分でもそう心付きながら、屋根の下に直ぐつづいている地面の上へ、―――軒まで届いているのだから訳なく降りられる土砂の上へ、―――何かそこにも危難が待ち構えているように思えて、ちょっとは降りて行く勇気がなかった。