で、一時間以上も仰向けに倒れたまま、だんだん日が照り出して来る青空を見上げていたが、多分四時半ぐらいと思われる頃(貞之助の腕時計も破れてしまっていた)御影町の玉置家の親戚から、女史と少年の安否を気遣って男衆を見舞いに寄越したので、それをしおに、貞之助と板倉とは妙子を労わりながら帰路に就いた。
妙子はまだ体力が恢復しておらず、意識もいくらかぼんやりしているように見え、始終貞之助や板倉に靠れかかったり背負われたりしたが、住吉川の本流がすっかり涸れ上ってしまった代りに、東の方に別の住吉川が出来、それが国道の甲南女学校前あたりから田中あたり迄の間を塞いで流れ落ちているので、いずれにしてもそこを通り越すのはなかなか難渋なのであった。
彼等はその川の中流まで達した時に、東の方から渡渉して来た庄吉と都合よく行き遇って、そこから一行四人になった。