それに生憎と、水禍から以後はすっかり天候が恢復して日照りがつづくので、一層埃が立ち迷って、名だたる高級住宅地の蘆屋の風致も、今年ばかりは見る影もなかった。
雪子がざっと二箇月半ぶりに東京から戻ったのは、そう云う埃っぽい夏の一日のことであった。
東京では水害のあった当日、夕刊にその記事が出たけれども、委しい様子が分らないので渋谷の家では可なり心痛したのであった。
それに生憎と、水禍から以後はすっかり天候が恢復して日照りがつづくので、一層埃が立ち迷って、名だたる高級住宅地の蘆屋の風致も、今年ばかりは見る影もなかった。
雪子がざっと二箇月半ぶりに東京から戻ったのは、そう云う埃っぽい夏の一日のことであった。
東京では水害のあった当日、夕刊にその記事が出たけれども、委しい様子が分らないので渋谷の家では可なり心痛したのであった。