その際雪子は、心配なので明日にも立とうと思っていたところであったことを語り、どうしたものであろうかと相談を持ちかける風であったが、貞之助は、来たくて来るのは差支えないけれども、そんな訳だからわざわざ見舞いに来て貰う程のことはないし、大阪から西はまだ鉄道も復旧しないような状態だから、と、そう云って電話を切った。
しかしその晩、幸子と東京の噂をした時に、雪子ちゃんが来たそうに云っていたから、それには及ばないと云って置いたけれども、見舞と云う口実もあることだし、どうもやって来そうな口ぶりであった、と云っていたが、案の定その数日後に幸子へ宛てて手紙が来、九死に一生を得たと云うこいさんの顔も見たいし、思い出の深い蘆屋の里がどんな風に荒らされてしまったのか、実際の有様も見たいし、矢張一度行かないことには気が済まない、ついては近日突然立って行くかも知れない、と云って来ていたのであった。
彼女はそう云う前触れをして置いたので、その日はわざと電報も打たずに「つばめ」で東京を立って来た。